Archive for the '家庭教師・回想' Category
暑い日が続きますね。
毎日毎日、地球の温暖化をひしひし感じています。8月にはいったばかりでまだ頭の方ですが、今年は7月の海の日あたりを境に晴れ間が続いて暑かったので、エアコンは嫌いだし、つけなければ暑いしで、すでにもう夏が終わって欲しいと思いながら過ごしています。
子供達は今楽しい真っ盛り何でしょうけどね(笑)
家庭教師として再び頑張りだしているわけですが、自分の教え子の子が、夏休みの宿題を順調に勧めているようで、お盆辺りには終わりそうとのこと最近の子は夏休み最後の日までぎりぎり頑張るのではなく、早めに終わらせるのが上手なんでしょうかね。ビックリしました。
でも最近は登校日というのがたまにあり、その時に宿題を小分けにして提出しなければいけないようで。
絵とか自由研究、作文だったり、読書感想文などの場合は、夏休みが終わるまででOKだそうですが、ドリルやなんかは「何ページまで〇日に終わらせていないといけない」とか、いろいろと早めに提出する場合が最近では当たり前のようで。
学校の教師が宿題を沢山だしているのに、家庭教師がわざわざ夏休みの宿題を出すべきか悩みましたが、その子は両親が共働きな為に日中は学童に行き、他にも習い事にピアノをしていて、発表会の日まで練習が大変だと言っていたので、あえて家庭教師からの宿題という形で出さないことにしました。
子供たちにとって楽しい楽しい夏休みでしょうから、勉強も頑張ってほしいけど、遊びも今しかできないようなことを一生懸命頑張って楽しんでほしいなと思いますからね。
次はお盆過ぎまで教え子と会うことがないのですが、楽しい夏休みを満喫した話を聞きたいなと思います。
やっぱり子供は元気な顔をしていて欲しいですからね。勉強の事はたまに忘れて、夏を満喫して欲しいです。
小学校高学年の子の家庭教師をしているわけですが、もうすぐ子供たちは夏休みだそう。大人になるとなかなか夏休みなんてありませんから非常にうらやましい限り。でもそれ相応の宿題地獄が待っていますけどね(笑)
でもその教え子の子から聞いた限りでは、あまり宿題が多くないように思います。
昔は何かと宿題が多く、高学年になるとそれぞれの教科別に別れている薄めのドリルと、日記が毎日分、読書感想文、自由研究などなど色々とあった気がします。絵なんかも描かされたかな?
以前家庭教師をしていた小学生の子の時代でも、日記は毎日じゃなくてもOKなのと、読書感想文は作文用紙1枚でOK、そしてドリルが教科別に分かれていないものが1冊、とかだったような気がします。随分と少なくなったなと感じていたのに、それでも更に段々減ってきているのでしょうか?これがいわゆる「ゆとり」というやつですかね?
今の小学生は塾や家庭教師、通信教育や習い事などというように、実に色々なことをやってきているから、学校の負担分だけでも減らしてあげようという計らいなのでしょうかね。
ドリルの数は少なくなってもある程度はあれば、夏休み中の宿題なんだからいいのでは?と思うのですが、やっぱり人間は将来の為にも、表現力というものを学ぶことが大事なので、読書感想文というものがなくなりつつあることに疑問を感じます。
やっぱり子供はこういった感想文などをうまくまとめられないものなので、難しいし嫌だと感じている人は多いかと思いますが、大人になった時のことを考えると、こういった宿題は非常に大事だと思いますね。
それから言うと日記に関しても同じです。毎日はしんどいかもしれませんが何日分を提出すると決めて、しっかりと日記を書かせることは大事なことだと思います。最近の子の日記は、5日分とか10日分でOKみたいで、それじゃハッキリ言って日記の意味がないですよね(笑)
せめて月の半分の15日分とか20分くらいはかけるようにさせた方がいいと思うのですが、どうでしょうか?なんて家庭教師が余計なことを言おうものなら教え子に怒られちゃいそうだ。
先日昔の教え子に偶然会いました。男の子なんですが、かなり大人になってしまっていて最初声をかけられるまでわからなかったです。なんだかおしゃれな雰囲気のボロボロのジーパンをはき、(今の人はあんなのが好きなんですね)ストールというんでしょうか、黒と白の骸骨が描かれているものを首に巻いていてすごく今時の青年と言った感じを受けました。そして何と言っても一番驚いたのが若くして立派な1歳の娘さんのパパになっていたんですよ。あの子がパパか・・・。
人生何があるか分からないものですよね。あの子に教えていた時のことを思い出してしまいました。今だから言えるのですが、勉強にとってもやる気のない子で、当時中学生だったのですが、この子も知り合いの紹介で家庭教師していたんですよ。本人にまったくやる気がなく、雑談ばかりしようとするので、最初は『この子の家庭教師は無理かもしれない・・・。』と思ってしまったことがあったくらい私的には苦労したんですよ。でも動物にはとっても優しい目をしていたのに気づいて、『絶対悪い子じゃない』って確信したんですよね。そこでいつものように家庭教師しに自宅へ行き、なんとなくこちらの方から、『犬だったら何が好き?』というような質問をしたと思うんですが、そしたらいつもとなんか違う雰囲気になって犬の話で盛り上がったんですよ。それから自らたくさん喋りかけてくれるようになったんですよね。
そこからは私生活での簡単な相談にのってみたりして結構いい関係に慣れたのを思い出しました。
家庭教師という仕事は、勉強を教えるだけじゃなく、人とのつながりもたくさん増えていくのでそういった意味でも私の天職だったかもしれません。懐かしいな~。また久しぶりに家庭教師をしてみたくなりました。
前記事の続きです。
さて、その子の一番の苦手教科は算数。特に計算によるミスが多く、それを分析。どこでどう間違うのかの過程を家庭教師として責任もって見直し、見つけなければ根本的な改善はできません。そして私は発見することに成功。元々そんなに几帳面ではない女の子。途中の計算をメモで行う場合の書き方が雑。そこで多く間違えることが判明。途中の計算式を丁寧にすればすぐに解決できると話し、今までよりももう少しだけ丁寧に書いてみることを提案。
自分で走り書きした数字を見間違えるなんて言うのは、とてももったいないミス。算数だけではなく、そういう小さなミスの積み重ねが結局はテストの点数に大きく響きます。その改善は徹底的に行いました。とても頭の切れる子ですので、問題の理解はできているのに、もったいない。私が教えてから、すぐには成績アップの効果は見えませんでしたが、それでも日々の努力によって半年後くらいには、本人も納得のいくような結果を安定して出せるように。
最初、成績がどうしようもなくてそれを上げるのとは違い、逆に教えるのが難しかったような気が。でもご家族が皆さんとても良心的に接していただき、私も大好きに。最も充実感を味わったということで一番覚えている思い出なのかもしれませんね。その後見事、某有名私立中学に合格。もう自分の子供のように嬉しくて、ひとつの仕事をやり終えたという達成感。これは塾や学校の先生ではなかなか味わうことのできないものだと思います。
その経験が今の私にも大いに役に立っていますし、何よりも印象深い宝物として残っているんです。
昔、私が家庭教師をしていたころの話は語りだすとキリがないのですが、特に思い出深いものをご紹介します。
その通っていた家は、町でも有名な教育一家。ご両親とも学校の先生で、当時小学校6年生のお子様も教員の道へ勧めたいとの思いが強く、一番有名な塾へ通っている状況。5年生までは学校でも1番か2番の成績だったのが6年生になって3番以下にしかならなくなり、とても悩んでおられました。私にすれば「それでも十分じゃないか」と思わず言いそうになるくらいでしたが、ご両親もですが本人もかなりの自信喪失状態で、塾にもまともに通えない感じ。そこで、家庭教師という方法を取ろうと思われたそう。
もともとエリートな感じだと一度挫折するとすごいものだというのを目の当たりに。冷静にその子の成績を分析。6年生になって成績が落ちたわけではなく、中学受験を意識した周りの子が塾などに行き始め全体的な偏差値が上がったことが大きな原因。だから、自分の力が下がったわけじゃないことを、励ますように話することから始めます。次に、テストの用紙を見ると、なんとケアレスミスの多いこと。多分焦りとプレッシャーで、ちょっとしたことでつまづいてしまうのでしょう。
ご両親とも話し合いを繰り返し、あまり追い詰めるような事は言わないことを約束。子供の性格を変えるのは無理なのでそれを上手く活かした勉強法へ切り替える方法に。成績を上げるために足りないのは勉強時間や努力ではなく、集中力と注意力。そして失いかけてる自信を取り戻すこと。勉強そのものというより、まずは気持ちの立て直しからのスタート。そういうのもできるのが家庭教師のいい所かもしれませんね。